2017/08/15

長崎原爆の記憶(サハラ’98、シャンテロゼミサト、チャイコフスキー)

大村市のケアハウスで過ごす叔母を訪問しました。
部屋のベランダ越しに長崎空港の写真を撮ってみたのですが、
あいにくの天候のためどこが空港かもわかりません。
叔母は、若いころ長崎大学医学部のナースをしており、
原爆が投下された日(8月9日)は、たまたま休暇で実家に帰っていたといいます。
そのため、直接の被ばくは免れたそうですが、
長崎に新型爆弾が落とされ、大変なことになっているということで、
その翌日急いで長崎の病院に戻り被爆者の看護に従事したそうです。
そのため被爆し、今も病気と闘っています。
若いころは70歳まで生きることは難しいといわれていましたが、
まもなく90歳になります。
酸素吸入をしながらも、毎日5000歩以上のウォーキングは欠かさないそうです。
努力家の気性が今の元気を支えているのかもしれません。
叔母は当時の様子について多くを語ることはありませんが、
私たちの想像を超える体験であったことは言うまでもありません。
生前に母から聞いた話では、
被爆した人たちが長崎の方から長い列をなして郊外へと避難してこられたので、
近くの学校が急遽病院代わりとなり、
近所の人たちは全員でその介護にあたったそうです。
薬も医療器具もなかったので、各家庭から浴衣やシーツを供出して、
それを裂いて包帯代わりに使ったそうです。
それでも、昼夜の看護の甲斐もなく毎日たくさんの方が亡くなられたそうです。

ただただ戦争のない世界であり続けることを願うばかりです。
大村湾



お盆前に撮った写真ですが、
サハラ’98です。
アーチの上の方が花盛りに・・・・・。
サハラ’98

こんな感じで咲いてます。
サハラ’98

シャンテロゼミサトです。
房咲きが多いのですが、今回は一輪咲きでした。
シャンテロゼミサト

ミケランジェロです。
2代目です。
ミケランジェロ

しばらく不安定な天気が続きそうです。

ではまたお会いしましょう。
明日も皆様にとって良い1日でありますように・・・・・・。



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コメント

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花咲かじいさん こんばんは

コメントありがとうございます。
戦争体験者から直接話を聞くことができた世代なので、次世代に何かしら伝えていきたいと思っています。本当に、平和な世界が実現することを願うばかりです。
きれいなバラがたくさん咲いているようですね。やはり、日々の暮らしに花があると元気が出ますね。
このところ雨ばかりで、作業できなくて困っています。

No title

こんにちは! masaさん

お久しぶりです。 ご存知のようにやっと
新しいPCも届きやっと更新とコメント送信が
出来るようになりました。

叔母さんの被爆体験心が痛みます。
長崎、広島で多くの方が犠牲になり
そして我が故郷沖縄でも多数の犠牲者
12時に黙とうを捧げましたが、2度と戦争は
起こらないよう願うばかりです。

サハラ’98が見事ですね。